2006年度演奏会


第38回天理公演
天理市市民会館 2006年10月25日
         2007年3月11日

テーマ:
 「想思(おもい)千五年 源氏物語Y
         - 蛍・常夏の巻 -

 曲目:
 伎楽 聖武天皇の夢
 管絃 平調  「想夫恋」
 謡物 催馬楽 「貫河」
 舞楽 高麗壱越調 「納曾利」   
 舞楽 太食調 「打毬楽」

第26回大阪公演
大阪国際交流センター 2007年3月4日
第32回東京公演
台東区立浅草公会堂 2007年2月17日


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聖武天皇の夢

 長閑な春の午後、聖武天皇は、光明皇后と共に伎女の舞を楽しむうち、うたた寝をしてしまう。ここから聖武天皇の夢が始まる。
 (夢の中)治道の合図で獅子が現れ舞台で寝てしまう。次いで、様々な人物が現れ、その中に酔胡王とその従者達が現れ酒宴始める。そして、酔胡従は寝ている獅子に悪戯をしてしまうことで寝ていた獅子が暴れてしまう。困った后は天皇を起こしす。その天皇が、自ら笛を吹いたり、幡を使ったりし治めようとするが失敗。最後に百花の王である牡丹の花でさしもの獅子も治まる。
 これは、2006年5月2日、東大寺で行われた聖武天皇千二百五十年大遠忌法要の際、奉納したものである。
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想夫恋

 平調、中曲、延八拍子、拍子十の曲。「相府蓮」「想夫隣」、仏事では「想仏蓮」とも表記される
由来には大きく二つの説がある。一つは『平家物語』に、小督(こごう)が嵯峨野で筝を弾く場面に出てくる。「『楽は何ぞ』と聞けば、『夫を想うて恋う』と詠む想夫恋という楽なり。」と説明されている。もう一つは『徒然草』の二一四段に、「想夫恋といふ楽は、女、男を恋ふるゆゑの名にはあらず。もとは相府蓮、文字の通へるなり。晋(しん)の王倹(おうけん)、大臣として、家に蓮を植ゑて愛せし時の楽なり。」という説である。
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貫河

この曲は、『源氏物語』の「常夏」の巻に記されている。源氏の元に引き取られた玉鬘の心を占めているものは、父の内大臣のことである。女君にとって何事もすべて、まだ見ぬ父に結びついてしまう。そんな女君の気持ちを見抜くかのように、源氏が感情を込めてこの貫河を歌っている。「親離くる夫」と、笑みを浮かべてさらりと歌うのであった。「親離れる夫」とは、親が娘に言い寄る男を、離し遠ざけているという意味である。源氏は、娘を親から遠ざけて会わせようとしない男を演じているのである。和琴の音色に魅せられ、すり寄り、頭を傾けて聴き入る女君を、源氏は美しいと思った。父を慕う可憐な姿に、源氏は、在りし日の夕顔を偲ぶのであった。
歌詞
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納曾利
 
納曾利の「ナ」は「鬼」、「ソリ」は「歌」であると、現代韓国・朝鮮語から解釈する説もある。
 平安時代には、競馬や相撲の節会で右方が勝つと必ずこの舞が舞われていた。左方が勝つと「陵王」が舞われている。源氏物語の「蛍」の巻には、「打毬楽、落蹲など遊びて、勝ち負けの乱声どもののしるも、夜に入り果てて、何事も見えずなりぬ果てぬ」とあり、競馬(くらべうま)の勝負がついた際、打毬楽や落蹲などの舞楽が演奏され、勝負の乱声などで大騒ぎしている様子が描かれている。

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打毬楽

 中国古代の伝説の皇帝、黄帝の作であるという伝承がある。仁明天皇(在位833〜850)の頃、日本に伝えられ改作された。
 この曲は、平安時代の五月五日の節会で、四十人もしくは八十人ともいわれる騎馬装束の舞人が、打毬の場面で演奏したという。「蛍」の巻では、六条院の馬場での競射の際、「末の時に、…打毬楽、落蹲など遊びて、勝負の乱声どものゝしるも、夜に入りはてて」とあり、遊技の合間に何度も舞われたことがうかがえる。打毬には騎馬打毬、徒打打毬があり、前者は西洋のポロに似ている。れて復元しました。