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オデッサ公演
15日、今回の旅行最後の公演地である、オデッサに向かった。黒海に臨むこの都市は、もうヨーロッパである。オデッサは、ロシア学科へ教授として赴任しているボンダレンコ先生の故郷である。オデッサ大学に「日影」という名称の日本の文化と教育と言語を学ぶセンターがあり、ヴィクトリア所長と懇意であるところから、公演を引き受けて下さることになった。宿舎であるチェールナ・モーレ・ホテルでの打ち合わせが、日影と主催者の青年党でもたれることになったが、日影からは出向かえがあっただけで打ち合わせには誰も来なかった。16日の公演は、技術大学の文化ホールが会場であった。演奏会に先立ち記者会見がもたれた。いかにも「ニッポン」といったデザインのパンフが用意されていた。演奏会場は、少し古いが1300人の座席は、ゆったりとした空間を作っていた。時間になると全席が埋まった。子供達の姿が目立った。いつもなら、開演に先立ち曽山さんの演説で始まるのだが、セルゲイさんと相談、団長の佐藤が行うことになった。「ズドラストビーチェ」、一声に拍手が起こった。後は、日本語で話すと、セルゲイさんが上手く通訳して下さった。日本で最初のウクライナ語の辞書を、天理大学の日野先生とボンダレンコ先生とで編纂刊行されたこと、ボンダレンコ先生の娘さんが天理大学で学び、現在ウクライナの日本大使館に勤務していること、現在もオクサーナさんが勉学中であることなど天理とオデッサとの関係について話をし、天理大学は世界の平和を目指す天理教がその実現のための人材養成を行っていること、日本の優れた雅楽を皆さんに楽しんでいただくために学生がアルバイトをしてお金を貯めてやってきたことなどを話した。話の区切り区切りで盛大な拍手を頂いた。昼食の時に、青年党の人と景気づけのために飲んだウォッカが効いたのか、少し饒舌であったようだ。
雅楽の公演の後、ファッションショーがあるとかで、一時間少々で終わるようにした。公演が終わると、沢山の人が当方が用意したパンフをもって、サインを貰うために列を作った。子供たちに感想を訊くと、「神秘的だけれど、論理的だ」などという哲学的な答えが返ってきたのには驚いた。パンフや会場費など経費の支払いをだれがするかで、少しの話の行き違いがあったが、当初の約束通り現地にお願いすることにした。
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